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2004-08-15

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 今年(2004年)もまた朝日新聞社主催の手塚治虫文化賞の受賞作が発表され、前年度一年間の最優秀作品に贈られるマンガ大賞には岡崎京子の『ヘルタースケルター』(祥伝社)が選ばれた。とはいえ、岡崎は1996年の交通事故以来活動を停止しており、今回の受賞作も雑誌連載から7年を経て、本人の手が一切加えられないまま刊行されたものだ。そんな特別な事情を持った作品が、昨年一年間に発表・刊行されたマンガの中でもっとも優秀な作品を選ぶこの賞を受賞するというのは、きわめて異例のことだろう。だが、依然として本人は表に出られない状態であり、ファンとしては素直に喜ぶことはできない。

 さて、それよりやや遅れて今年の三島由紀夫賞(新潮社主催)の発表があり、大方の下馬評どおり、矢作俊彦の『ららら科學の子』が選ばれた。矢作俊彦といえば、かつてダディ・グースを名乗るマンガ家だったことでも知られるが、その初めての作品集『少年レボリューション』が昨年飛鳥新社から刊行されている。ここで改めて手塚治虫文化賞で『ヘルタースケルター』のような例が認められたことを考えると、この本が今年の同賞の選考対象になっても全くおかしくはなかったわけだし、ひょっとしたら大賞に選ばれることだってありえたのではないか……などとつい夢想してしまう。仮に矢作が三島賞に加え、手塚治虫文化賞を受賞していたら、文学・マンガの二分野でのビッグタイトルを一挙に手にしたということで結構話題になったのではないだろうか。何より、彼の三島賞受賞作が、そのタイトルからもあきらかなように、手塚作品へオマージュを込めたものであったことを考えるとちょっと惜しい気がする。

 ちなみに手塚治虫当人は生前、三島由紀夫をライバルとしてずっと意識していて、その作品を読んでは何となく自分と性格が似ているように感じていたという。そう言われてみると、三島の遺作である『豊饒の海』四部作(『新潮』1965年9月号~71年1月号連載)と、手塚がほぼ同時期の1966年より晩年まで描き続けたライフワーク『火の鳥』に、輪廻転生という主題や天皇制への接近などといった共通点を見出すこともできるかもしれない(ただし三島は晩年、『火の鳥』を描くようになった手塚を日教組御用達のマンガ家に成り果てたとこきおろしている。だが手塚が『豊饒の海』を意識していなかったことはけっしてないはずだ)。また社会学者の桜井哲夫も、評伝『手塚治虫』(講談社現代新書、1990年)の中で両者の類似点として、彼らが徹底的に人工的・無機的な世界を構築することに情熱を傾けたことや、母親が積極的に彼らの創作活動を手助けしたことなどに注目している。

 そんな戦後日本の巨人として双璧をなす両者の類似を考えると、矢作俊彦三島賞と同時に手塚治虫文化賞を獲ることができなかったことがよけいに惜しまれる。果たして今後、二つの賞を共に手にする人物は現われるのだろうか?

 (初出 『サブカル評論』第6号、2004年8月)

サブカル雑想/管轄は碑文谷。――推定少女の「予言」 サブカル雑想/管轄は碑文谷。――推定少女の「予言」 - 近藤メンバーの過去原稿 を含むブックマーク はてなブックマーク - サブカル雑想/管轄は碑文谷。――推定少女の「予言」 - 近藤メンバーの過去原稿 サブカル雑想/管轄は碑文谷。――推定少女の「予言」 - 近藤メンバーの過去原稿 のブックマークコメント

 不吉なことに気がついてしまった。今年(2004年)3月に目黒区碑文谷で当時現職の同区長だった薬師寺克一が縊死しているが、ここは現場の地名の示すとおり警視庁碑文谷署の管轄である。で、この管轄内ではその後も、4月に作家の鷺沢萠が、6月には脚本家の野沢尚が……という具合に著名人の自殺が立て続けに起こっているのだ。それに加えて7月に入ると、自殺ではないが、俳優の根津甚八が人身事故を起こすという事件も発生している。いくら作家や芸能人などが多く住む地域とはいえ、こうも立て続けに著名人がらみの事件が起こると、何かあるのだろうかと思わず勘ぐりたくなってしまう。

 ところでわたしが「碑文谷」という地名に反応したのにはちょっとした理由がある。それというのも、以前より、女の子2人組のユニット・推定少女の「エッジな気分」という曲に出てくる《メジャー? 公団はパニック 写真貼ってよ 管轄は碑文谷》という歌詞がずっと印象に残っていたからだ。ついでにいえば、この歌詞のすぐあとに来るフレーズは《特徴はくるぶしよ にせタトゥー》というもので、同曲が発表(シングル「聖母主義」のカップリング曲として2002年12月にリリース)されたのち、推定少女が例のロシアのお騒がせ少女二人組t.A.T.u.のいわば「日本版」―つまり文字通り「にせタトゥー」として注目を浴びた時、わたしは即座にこのフレーズを思い出したものだ(ただしこの曲が発表された当時はまだ推定少女t.A.T.u.を彷彿させる制服姿ではなかったが)。

 そう考えると、「にせタトゥー」といい、「管轄は碑文谷」といい、くだんの推定少女の歌は予言の歌にも思えてくる。一見意味不明な歌詞も、どこか予言書めいているし……。とすれば、次は「公団はパニック」というフレーズあたりがくさい。果たしてこのフレーズが現実のものになるとしたら、何が起こるのだろう? あ、民営化を目前に控えた道路公団で何かパニックが起こるとか!?

 (初出 『サブカル評論』第6号、2004年8月)

サブカル雑想/なごや【名古屋サブカル雑想/なごや【名古屋】 - 近藤メンバーの過去原稿 を含むブックマーク はてなブックマーク - サブカル雑想/なごや【名古屋】 - 近藤メンバーの過去原稿 サブカル雑想/なごや【名古屋】 - 近藤メンバーの過去原稿 のブックマークコメント

 博報堂の発行する『広告』誌が2004年8月号で大々的に名古屋特集を組んでいた。時期を同じくしてK.K.ベストセラーズの新雑誌『CIRCUS』の創刊第二号でもこの不況の最中、成長を続ける名古屋経済に注目した記事が組まれていたし、また、同年五月に発行された『週刊東洋経済』の臨時増刊「最強の名古屋」もかなり売れたという。地元企業トヨタが自動車業界では唯一外国資本に頼らず好業績を収め、さらに来年には中部国際空港の開港と愛知万博を控えていることもあって、どうやらいま名古屋がブームらしい(名古屋嬢なんてのも注目されてるみたいだし)。

 でもおまえら、来年万博が失敗したら、どーせ手のひらを返したようにまた名古屋をバカにすんだろ? そう思うと、愛知県人のわたしとしてはどうもいまのブームは気味が悪い。お願いだからそっとしておいてくれと言いたくなる。

 だいたい、ついこのあいだまで、ほかの地方出身者の名古屋観には、どこか日本人が自虐的に自国や自分たちを眺める目に似たようなものがあったと思う。たとえば貯蓄率が高く、新技術の開発に熱心で、そうした堅実さの反面、流行は東京や大阪の後追いでどこか田舎くささが抜けきらず、おまけに小倉トーストとか味噌カツとか変なもん食ってるし……などといった名古屋のイメージはまさに日本のイメージ(特に欧米から見た)そのものだろう。いわば名古屋は日本の中の日本として、日本人のスケープゴート役をこれまでずっと担わされてきたのではないか。それがいまになっていきなり全国から注目されるなんて、まるで自信をすっかり失ったやつが夜中に鏡を覗き込みながら、「いやいやおれだって、まだまだいける! 頑張れ、おれ」などとダメな自分を励ましてるみたいですごーくキモい。何だか悪い夢を見ているようだ。だったら早く醒めてほしい。

 まったくの余談ながら、わたしは以前、素人ヌード専門誌の編集者から「名古屋は女の子のガードが固くて、ナンパするにも一苦労ですよ」という話を聞かされて、やっぱり嫁をもらうなら名古屋の女だよなと思ったものだ。いっそ実家に帰って見合いでもしようか。

 (初出 『サブカル評論』第6号、2004年8月)