近藤メンバーの過去原稿 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-08-13

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 6月下旬に地元愛知に帰省した際、INAXギャラリー名古屋で開催されていた「タワー―内藤多仲と三塔物語―展」を観に行った。東京タワー名古屋のテレビ塔、大阪の通天閣について、それらの構造設計を手がけた「塔博士」こと内藤多仲の業績とともに紹介した、コンパクトながらもなかなか充実した展覧会だった。

 その会場に東京タワーにまつわる資料として、竣工を前に塔の愛称を一般から公募した際の結果表が展示されていた。意外だったのは、一般からの応募で「東京塔」「平和塔」「日本塔」などを押さえてもっとも多かったのが「昭和塔」だったことである。「昭和塔」というと何やら古めかしく感じられるが、タワー竣工は昭和33年(1958年)、いうまでもなく当時、昭和はまさに現在進行形の時代だったわけで、そのネーミングには、昭和という「現在」を象徴する塔という意味合いが込められていたであろうことは想像に難くない。

 それにしても、仮にあの東京のど真ん中に立つ333メートルの高塔が「昭和塔」と名づけられていたら、果たしてどうなっていただろうか。歌やマンガや小説など、東京タワーを題材に扱ったものは多いが、名称が違えばそれら作品のイメージもちょっと変わっていたかもしれない。たとえばリリー・フランキー著の今年一番のベストセラー小説が、『昭和塔 オカンとボクと、時々、オトン』というタイトルだったら――ん? むしろこっちのほうが、小説のイメージと合ってるんじゃない? 

 リリー・フランキーの小説や、あるいは映画『ALWAYS 三丁目の夕日』などで描かれる東京タワーはもはや懐古の対象でしかない。特に後者におけるタワーは露骨なまでにノスタルジーの象徴として祀り上げられている。そうした役割を担わされたタワーはまさしく「昭和塔」と呼ぶにふさわしい。かつて「現在」の象徴という意味合いが込められていたはずのその幻の名称は、ここへ来て「過去」、それも「昭和という輝かしい時代」(それはもちろんフィクションにすぎないのだが)を象徴する名称として復活を待っているようにも感じられる。

 おりしも、2016年に予定されている地上波デジタル放送への完全移行に向けて、墨田区新東京タワーすみだタワー)の建設計画が進行中である。いっそのこと、新東京タワーが完成したあかつきには、現在の東京タワーはその名を新タワーに譲り、隠居名として「昭和塔」を名乗ってはどうだろうか。

 (初出 『サブカル評論』第10号、2006年8月)