Hatena::Groupsubhyon

「書評」第18号分

「書評」第18号分

入口ムネモミ『誤字・脱字・読み間違い! 間違いだらけの漢字学習帳』(七味書房 2009年)/評者・酒叉遁世

 麻生前首相が漢字の読み間違いを連発したためか、今年は『読めそうで読めない間違いやすい漢字』『読めそうで読めない間違いやすい漢字第2弾』(いずれも出口宗和著、二見文庫)や『日本人の知らない日本語』(蛇蔵&海野凪子著、メディアファクトリー)など漢字、あるいは日本語全般に関する本が売れた。本書もまた、こうしたブームに便乗して企画されたものと思われる。読者が実際に書き取りなどができるようになっているというところも、すでに似たような本はいくらでも出ており目新しさはない。

 だが、本書には従来のこの手の本と決定的に異なる点がある。それは本書が、本来なら書籍編集にあたり欠かせない校正という工程をすべて省いてしまったということだ。したがって、本書において著者が無意識のうちにやらかしてしまった誤字脱字、ルビの振り間違い、慣用句の誤使用、さらには文章の構成間違いなどはそのままになっている(『間違いだらけの漢字学習帳』というタイトルも、世の漢字学習帖のたぐいを間違いだと断罪しているわけではなく、この本じたいが全編「間違い」であることを意味しているのだ!)。そして読者は、それら著者の誤りを赤ペン片手にひとつひとつ見つけては修正していけばいい。そこにこそ本書のねらいがあるというわけだ。

 かように出版界の常識を、もはやヤケクソというしかないほど引っくり返した本書は、案の定、世の識者たちの顰蹙、失笑を買ったが、一般の読者にはかえって新鮮に思われたのか、おおいに受け入れられたことは周知のとおりである。新聞広告に掲載された読書の声のなかには、「本書をひととおり読んで赤を入れてからも、まだ間違いがあるんじゃないかと思ってついつい二度、三度と再読してしまいました。こんなに本にハマったのは高校時代に赤川次郎の『三毛猫ホームズ』シリーズを一気に読破して以来です!」(三六歳・主婦・静岡県在住)といった感想が見られた。麻生前首相もこっそり書店で購入したとも仄聞する。

 なお、本書をひととおり校正して版元に送り返すと、採点をしてくれるという。さらに特筆すべきは、担当編集者も気がつかなかったような指摘をするなど、きわめて優秀な校正を行なった読者を同社の校正係として採用する用意もあるそうだ。大手、中小問わず出版社はどこもかしこも厳しい経営状態に陥っているおり、これはきわめてユニークな社員募集のスタイルといえるのではないだろうか。

内田樹『日本辺境論』(新潮新書 2009年)/評者・後閑正博

 内田樹氏は、日本は自らを「辺境」と定義し、「中央」へのキャッチアップを目指している時代には驚異的なパフォーマンスを示すが、自らを「中央」と認識し、行動し始めた途端にそれまでの蓄積を失い、壊滅的な打撃を受けるとの論を展開している。

 評者は内田氏の結論には賛意を示すが、その論の立て方には若干の異論がある。以下所感を述べたい。

 まず、世界を「中央」と「辺境」の二つに分けるやり方は乱暴すぎるのではないだろうか。確かにそれは分かりやすくはある。しかし氏は先学の文明論を参照する必要があろう。

 日本における文明論としては梅棹忠夫氏の『文明の生態史観』がいまだ乗り越えられていない壁として存在している。梅棹氏の論を評者なりにまとめると、

 【1】ユーラシア大陸中央部の乾燥地帯には遊牧民が強大な軍事力を持って存在する。

 【2】【1】の外側の湿潤な地域には広大な農耕可能な領域が存在し、この農耕民は【1】の脅威に対抗するため「帝国」を形成する。

 【3】【1】の脅威が届かず、【2】の帝国の直接的、軍事・文明圧力にさらされない位置に独自の勢力が成立する。

 【1】は具体的にはスキタイであり、匈奴であり、フン族であり、アラブ、モンゴルである。【2】は中華帝国であり、アケメネス朝であり、ササン朝であり、オスマン帝国であり、ローマもこれに含めることができよう。【3】は日本であり、西欧諸国である。梅棹氏によれば日本と西欧諸国が大陸の両端にありながら、同じく封建制の時代を持ち、マニファクチュアの時代を持つなど共通の歴史を有するのは、【1】、【2】の領域から距離を隔てているためであるという。

 この梅棹氏の論を評者なりに展開しよう。【2】の位置にある農耕帝国は【1】の優勢な騎馬軍事力に対抗するため巨大な歩兵軍を整え、さらに騎兵を強化する。【1】の遊牧民は優秀な指導者が現れた際には諸部族を統合し遊牧帝国として農耕帝国の支配者として君臨するが、そうでなければ農耕帝国にとってさほどの脅威とはならず、均衡が成立する。【2】の帝国は遊牧民との国境が安定すると、周辺の地に軍事力あるいは文明という力によって「文明圏」を拡大していく。この拡大は短期的に見れば可逆的だが、長期的に見れば不可逆的なものである。これは周辺の地にあっては否も応もない。現在におけるコーラとマクドナルドのように帝国の周辺部は一方的に文明圏に組み込まれていくのだ。中華帝国が黄河流域から長江へ拡大し、さらに四川に向かう動きである。あるいはペルシャの帝国が西に向かうように。「周辺」は帝国と一体化し、さらにその外に周辺を作り出していく。そして文明の崩壊とともに文明圏の一部は再び「周辺」に戻っていく。このような可動性を持つ領域を「辺境」と呼ぶべきだと評者は考えている。

 さて、「帝国」と「辺境」の外側に日本、西欧諸国のような【3】の領域がある。ここでは文明の中央には遠く、「辺境」のように否応もなく文明に組み込まれていくのではなく、選択によって文明の文物を受容することが可能となる。日本は言語の記述は漢字によったが、漢語が一般に使われることはなかった。宦官の風習も日本には入ってこなかった。また【1】の脅威にも縁遠く、軍事力構築のための強大な集権国家構築の必要性もなかった。例えば「馬」は帝国では遊牧民への対抗のため国家が大規模に育成し騎兵隊を組織した。しかし【3】の領域では「馬」は純粋な軍事力としてよりも威信をしめす象徴となり、その維持は「家計」に委ねられた。これが「封建制」の実態である。

 この【3】の領域は周囲に脅威が存在しないため、時に夜郎自大な妄想に取り付かれることがある。フランス中華主義などというのがそれである。日本でもその例は枚挙に暇がない。それはつまり【3】にとっては常態であり、評者はそれを「小帝国」と呼びたい。

 さて、内田氏の書評に戻ろう。評者は日本を「中央」と「辺境」という単純な図式に落とし込むのは乱暴であると述べた。日本の位置づけはもう少しだけ複雑で、小帝国として帝国に寄り添い、文物を選択的に受容しながら、その直接的な圧力を受けず、その周囲に対してあたかも帝国であるかのごとく振舞うのである。近代に入り国民国家の成立、及び機関銃の発明によって【1】の遊牧民の軍事力は一挙に無力化する。この過程の中で、日本は西欧を「帝国」であると自己暗示をかけ、文物の選択的受容を試み、自らをも「帝国」と錯覚し、自滅した。戦後、小帝国日本は新たな「帝国」としてアメリカを設定した。実際、アメリカは現在の「帝国」といってよいだろう。テロリズムという前近代の【1】に相当するような「我々以外」との戦いの最前線に立つ、強大な軍事力を持つ「帝国」である。小帝国たる日本は、そこから選択的に文物を移入してきたが、昨今のそれは失敗が続いているように感じられる。日本が西欧を「帝国」と誤認しつつもそこそこうまくいったのは西欧と日本が同じ「小帝国」領域として、本質的な同質性を持っていたからなのではないだろうか。

 評者は内田氏の論の展開には疑問を感じるが、結論には異論がない。日本は「中央」にも「帝国」にもなる必要がないし、そんなこと期待されてもいないのである。評者はアメリカからの文物の移入について内田氏と同じく、充分な吟味を遂げていただきたいものであると思うのである。