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イエロー・マジック・オーケストラ

イエロー・マジック・オーケストラ

イエロー・マジック・オーケストラ

Yellow Magic Orchestra】①70年代末から80年代初頭にかけての日本の主要な輸出品の一つ。YMOと略される。②最近ではリマスター盤やリミックス盤などあの手この手でファンに金をつぎ込ませるあくどい商法でも知られる。③もちろんご当人たちの責任ではない。④と書いた矢先に、元メンバーたちから「過去の作品や音源は、ぼくたちの手を離れ、時にぼくたちの意図しない商品となって世に出ていくことがあります。それを目にして、ぼくたちは心を痛めています」というファンに対するメッセージが出された(http://www.ymo.org/)。

 (リスト::天使の辞典::サブカル集団篇

Yellow Magic Orchestra】①シンセバンド ②「ライディーン」「テクノポリス」「東風」「君に、胸キュン」 ③文化人、トリオ漫才師、俳優 ④1978年、細野晴臣が自宅に坂本龍一高橋幸宏を招いてその世界戦略を語り、意気投合したことから結成。当初は横尾忠則も参加する予定だった。/そのバンド名は、白魔術でも黒魔術でもない黄色魔術ということから細野が命名。/1981年リリースのアルバム『BGM』あたりからYMOという略称が定着。それまでは「イエロー・マジック」とか「イエロー」などと呼ばれていた。/1980年の武道館での小学館『写楽』創刊記念イベントでは延々とコントを披露、演奏を期待していた観衆が激怒し、演奏しろなどと野次が飛ぶが、坂本龍一は女装姿で「うるせえぞ、このやろう」と一喝。その声はまるで自決直前の三島由紀夫を髣髴させた。/文化人として80年代初頭のカルチャーシーンをリード。/別名「トリオ・ザ・テクノ」。メンバー全員お笑いは好きだったようで、『ミュージックフェア』からのオファーよりも先に同じ局の『THE MANZAI』からのオファーを承諾したという逸話がある。/これだけ音楽の才能のあるメンバーが三人もいれば誰か歌の得意な人間がいるだろうと思いきや三人とも奇跡的なくらい歌唱力が無い。音痴と言っても良い。

 凡例:①音楽家としての属性②代表曲③副業④その他情報

 (リスト::天使の辞典::サブカルミュージシャン篇


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