Hatena::Groupsubhyon

サブカル堂

サブカル堂

サブカル堂とはなにか?

 当サブカル堂はサブカルを広く万人に普及させることを目的に設立された結社です。

サブカルとはなにか?

 最初に断っておかなければならないのは、僕たちの使う「サブカル」という言葉は、「サブカルチュア(従属文化)」の略語ではありません。

 「サブカル」とは、「文化に対する純粋な愛のカタチ」を示す「サブカリズム」の略語です。

そのサブカルとはどういうものなのか?

 文化に対する愛のカタチを僕たちは三つに分類しています。「ポップカルチュア」「オーソドクス」「サブカル」です。

 ここでいう「ポップカルチュア」とは、皆が愛しているものだから自分も愛を捧げるという主体性の希薄な、いわば周りと同じであるという安心感を得るための愛のカタチです。同様に「オーソドクス」とは、古典的であり、権威的であり、正統的だからこそ愛を捧げるという、巨大なものと自己を同一視することの快楽を得るための愛のカタチです。これら二つの打算的な愛のカタチに対し「サブカル」は対象となる文化に代替不可能性を見出し、愚直なまでに純粋に沈潜していく行為であり、それは時には周囲から滑稽に見られるほど情熱的な愛のカタチです。

 「ポップカルチュア」の愛には皆と同じでありたいという打算がありますし、「オーソドクス」には強者と同一化したいという打算があります。しかし「サブカル」にはそのような打算は一切存在しません。ただ対象文化に対するピュアなハートがあるだけです。無私の純真な愛こそが「サブカル」なのです。

サブカルチュアとサブカル

 現在の日本社会ではある種の特異な文化をサブカルチュアと呼んでいます。かつては古典的・伝統的な主流文化に対し従属的な文化であるとしてサブカルチュアと呼ばれていたのですが、現代日本では古典的・伝統的な文化は退潮し、かわって猛威を振るう商業主義的なポップカルチュアに対する対抗的な文化としてサブカルチュアは位置づけられているようです。

 「文化に対する純粋な愛のカタチ」を「サブカル」と呼ぶのは、古く『世説新語』にも記述があるのですが、そこには、サブカルチュアを愛する人々がそれに沈潜するとともに、沈潜している自分や他者を客観的に眺める姿勢を持っていたことが記されています。つまり「サブカル」とは、ピュアなハートで文化を愛するとともに、そのような自分を突き放して外から眺めるサブカルチュア愛好者の姿勢をそう呼んだのが最初なのです。

 かつては「サブカルチュア」に対するラブの姿勢であった「サブカル」はしかし、現在ではその対象となる文化を問いません。どんな物、どんな知識、どんな事柄であってもそれに無私の、打算のない愛を捧げる行為が「サブカル」なのです。

ふたたびサブカル堂とはなにか?

 僕たちは1999年の設立以来、このような「文化に対する純粋な愛のカタチ」を啓蒙する活動の一環として『天国桟橋』およびその後身誌である『サブカル評論』を発刊してきました。『サブカル評論』は文字通り、文化に対する純粋な愛のカタチを評論する雑誌です。このたび更なる飛躍を目指すために当サイトを開設することとなりました。どうぞ皆さま、訓導、鞭撻、鞭打、鞭撃、よろしくお願いします。(了)

  サブカル堂サブカル評論』主席編集 万里小路信房―

天使の辞典」におけるサブカル堂の解説

【さぶかるどう】①『サブカル評論』の発行元。その他の代表作は『天国桟橋』。②もともとはサブカル雑誌の評論本が出したくて、田中北京が同じ大学の万里小路信房らを巻き込んで作った同人誌サークル。③編集コンセプトが全然定まらないのを改善する為、近年は強制力をもたない共通論題を毎回設定しているが、それが災いしてか益々コンセプトは迷走を続けている。

 (リスト::天使の辞典::サブカル集団篇