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松本清張【まつもと-せいちょう】①『砂の器』の原作者。原作は読売新聞1960年から1961年まで連載された、清張としては初めての新聞小説だった。②明治42年(1909年)生まれ。同い年の作家には、太宰治中島敦花田清輝大岡昇平埴谷雄高らがいるが、このうち太宰や中島とは、作家としての活動時期は重なっていない。③高等小学校卒業後、電気会社の給仕、印刷刷下工を経て、1937年より朝日新聞九州支社(のちの西部本社)の広告部に勤務。1951年、『週刊朝日』の懸賞小説に応募した「西郷札」が入選し、42歳にして作家デビューを果たす。その後、東京朝日新聞本社に転じるも1956年に退社し、本格的に作家活動に入った。④トレードマークの分厚い下唇は、開高健をして、あれはカラスミのようで実に美味そうだと言わしめる。⑤『昭和史発掘』など一連のルポルタージュ作品でも知られるが、彼自身もまた、日本共産党創価学会のいわゆる「十年協定」締結(1974年。10年限定で両者の相互不干渉・共存などを目指すも一年を経ずに破綻)の仲介にあたるなど、昭和史の裏で暗躍している。⑥1978年には、映画版『砂の器』の監督・野村芳太郎とともに、自身の原作映画・テレビドラマを製作するプロダクション「霧プロ」を設立。以後、自らもよく、劇中に端役として好んで出演した。⑦1992年歿。死後、文藝春秋主催で「松本清張賞」が創設された。⑧竹中直人のデビュー以来の持ちネタである形態模写の対象となったひとり。竹中は銀幕デビュー作である『痴漢電車・下着検札』(のち『痴漢電車・朝の悦しみ』と改題)でも、その名も松清張という作家に扮し怪演していた。

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