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丸井中野本店

丸井中野本店

【まるいなかのほんてん】①2007年8月26日 ②百貨店 ③71年 ④丸井はファッションを軸にした百貨小売業やカード事業などを展開するストアチェーンである。富山県出身の青井忠治が、割賦販売業「丸二商会」ののれん分けを受けて1931年、東京・中野の地に創業。1936年以来、JR中野駅南口に本店を構えてきた。ちなみに1936年は二・二六事件の年でもあるが、事件を起こした青年将校らに思想的影響を与えた北一輝は当時、丸井本店にほど近い中野区桃園町(現・中野三丁目)に住んでいた。/店舗は戦災で消失するも戦後1947年に再興。忠治の息子・忠雄*1が二代目社長に就任した72年には二館体制となる。80年代のDCブランドブームでは、バーゲンのたびに若者たちがつめかけた。この時代、ファッションに目覚めた東京近郊の中高生や地方出身の大学生にとって、丸井の赤いカードを持つことは一種の通過儀礼であった。/だが、近年は建物の老朽化とともに売り上げも減少をたどり、ついに丸井は店舗見直しの一環として閉店を決めた。今後は建物は取り壊し、跡地は丸井の本社関連施設などとして利用する方針だという。/1976年に「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を受賞した村上龍は当時、中野区上高田に住んでおり、受賞式に着ていくスーツを、編集者から単行本の印税を前借りしてこの丸井中野本店で購入したんだそうな。

 凡例:①命日②肩書③享年④雑感・トリビアetc.

 (リスト::天使の辞典::サブカル死人篇::2007年

*1:大卒後、丸井に入社した彼は、社長の息子だと気づかれないようしばらく「中野忠雄」と名乗っていたという。