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岸信介

岸信介

【きし-のぶすけ】①国家社会主義的官僚派政治家 ②武力A・統率力S・知力S・政治力S・忠誠C・人望B・行動力S ③妖精、革新官僚、巨魁、昭和の妖怪 ④強行採決 ⑤満州、永田町、御殿場 ⑥一高、帝大という戦前の文官エリートコースを順調に歩む。地元山口では女学生たちの人気の的であったという。/戦前は商工省の革新官僚として、自動車や航空機製造などの産業振興、計画経済・統制経済を推進。「満州国」はその格好の実験場となった。近衛内閣の商工次官時代、財界出身の商工大臣の小林一三と企画院事件により対立、アカ呼ばわりされたことは語り草。後日談として、小林一三は岸に辞表を出させることに成功するも、岸はその報復として省内の自分の息の掛かった革新官僚や代議士、陸軍統制派将校を動員して小林に圧力を掛け辞任に追い込んだ。その後東條内閣で商工大臣に就任、太平洋戦争開戦時には宣戦の詔勅に副署している。戦中はサイパン陥落後に内閣改造をめぐって東條英機と対立し、結果として閣内不一致による倒閣を誘発。また敗色濃厚な1944年から45年にかけては、「岸新党」護国同志会を率いて対米戦争の継続を主張し、鈴木貫太郎の倒閣運動を展開した。/敗戦後は戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監。獄中では夢精に悩んだというのが生命力の強さを感じさせ、不気味ですらある。/釈放、公職追放の解除後は、早くも政界復帰と憲法改正を目指し行動を開始。当初は国家社会主義という思想的立場から社会党への入党も考えたが、元戦犯容疑者という経歴からとうてい受け入れられるわけもなく、弟・佐藤栄作の所属する自由党に入党。が、党首である吉田茂との対立から党を追われ、鳩山一郎らと日本民主党を結党。吉田の首相退陣ののち、1955年の保守合同で自民党に合流した。/1956年、自民党総裁選で石橋湛山に僅差で敗れるも、石橋が病気で早々に退陣したため、翌年には第三代自民党総裁に就任、念願の首相の座を射止める。政界復帰からわずか5年足らずのことだった。/首相在任中は、日米安保条約の改定に尽力。その強権的な姿勢は国民の反発を買い、「60年安保闘争」と呼ばれる激しい国民運動を引き起こした。条約の批准後、事態混乱の責任をとって辞任。安保改定の次の目標だった憲法改正は断念せざるをえなかった。/首相を退いたのちも黒幕として暗躍。池田勇人を挟んで、弟の佐藤も首相に就任、兄弟で計10年以上も政権を担当するという現代ではまれな事例をつくった。/意外というべきか、ピル解禁論者でもあった。/孫の安倍晋三が首相に就任したこともあり、近年ふたたび注目され、各方面で再検証が行なわれている。/誕生日は11月13日。木村拓哉と同じ。/手塚治虫のSFマンガ『0マン』にも出演。/私が小学生だった頃、NHK特集の『ドキュメント昭和』というシリーズで、岸が戦前の自動車産業について語っているのを見たときは、子供ながらに「うわ、まだ生きてるんだ」と驚いた記憶がある。その翌年、岸は90歳で大往生。

 凡例:①属性 ②能力値(武力・統率力・知力・政治力・忠誠・人望・行動力をSABCDで示す) ③通り名 ④所持アイテム ⑤得意な戦場 ⑥解説

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