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田沼意次

田沼意次

【たぬま-おきつぐ】①成りあがり型開明派老中 ②武力B・統率力B・知力A・政治力S・忠誠A・人望C・行動力S ③龍助 ④五匁銀、南鐐二朱銀、わいろ最中  ⑤江戸城 ⑥リンカーンとケネディには100年違いで多くの共通点を見出せる、という都市伝説になぞらえれば、田沼意次田中角栄にはほぼ200年違いで多くの共通点が見出せる、と言うこともできる。/まず、生年はそれぞれ、意次1719年、角栄1918年。/意次は小姓として仕えていた徳川家重の将軍就任に伴い1745年に江戸城本丸に入ったのち、47年には小姓組番頭格となる。一方、角栄は1947年の総選挙で初当選、国会入りを果たす。/意次は1758年に一万石の大名に取り立てられる。角栄は1957年に岸内閣の郵政相として初入閣。いずれも39歳のときのことである。/意次は1761年の家重の死後も、将軍を継いだ徳川家治の厚い信任を得、破竹の勢いで出世していく。角栄もまた1960年の岸退陣後も、池田、佐藤両内閣で、自民党政調会長、蔵相、幹事長、通産相と要職を務め、出世を続ける。/そして1772年、意次は側用人から老中へとのぼりつめる。そのちょうど200年後の1972年、角栄は首相に就任、権力の頂点をきわめる。/老中時代の意次は、株仲間の育成、貨幣改鋳、蝦夷地の開発、印旛・手賀沼の干拓工事、大和金剛山の金鉱発掘計画などを展開。一方、首相時代の角栄も日本列島改造論をぶちあげ、各地で開発計画を推し進めた。両者とも積極的な経済政策をとり、それにより物価高騰を招いた点で共通する。/さらに意次は、ロシアとの直接交易や長崎貿易の積極的な動きなど、鎖国体制下では異例の政策をとる。それに対し、角栄は日中国交樹立を実現したほか、エネルギー資源を求めて東南アジアやソ連との独自外交を展開し、従来の対米偏重の外交とは一線を画した。/だが彼らの最大の共通点は何と言っても、賄賂の横行により、政治を腐敗させたという評価だろう。/異例の出世を遂げ、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった両者だが、意次は1786年、将軍・家治の死を契機に突如失脚、88年に死去、かたや角栄は、金脈問題による首相辞任、ロッキード事件での逮捕後も「闇将軍」として政界に絶大な影響力を保持するも、1985年に脳梗塞で倒れ、89年に政界を引退(死去は93年)…と、失脚の時期もほぼ200年の時を置いて対応している。/以上、執筆にあたっては丹羽誠著『田中角栄田沼意次の生まれ変わりだった!』(高崎経済新聞社)を特に参考にした。

 凡例:①属性 ②能力値(武力・統率力・知力・政治力・忠誠・人望・行動力をSABCDで示す) ③通り名 ④所持アイテム ⑤得意な戦場 ⑥解説

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