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阿久悠

阿久悠

【あく-ゆう】①作詞家 ②ピンク・レディーの一連のヒット曲、「また逢う日まで」「あの鐘を鳴らすのはあなた」「京都から博多まで」「ざんげの値打ちもない」「時の過ぎ行くままに」「勝手にしやがれ」「北の宿から」「津軽海峡・冬景色」「舟唄」「雨の慕情」「もしもピアノが弾けたなら」「北の蛍」「熱き心に」ほか多数 ③元広告代理店・宣光社社員、放送作家、テレビ番組プロデューサー、劇画原作者、小説家 ④76年の「北の宿から」、77年の「勝手にしやがれ」、78年の「UFO」と3年連続で自作がレコード大賞を受賞するなど、70年代はまさに阿久悠の時代だった。/しかし意外にも山口百恵には詞を提供していない。/広告代理店での同僚で劇画家の上村一夫との共作も多い。/自分ではけっして歌を歌わない人。/映画化もされた小説『瀬戸内少年野球団』は直木賞候補にもなった。

 凡例:①音楽家としての属性②代表曲③副業④その他情報

 (リスト::天使の辞典::サブカルミュージシャン篇

【あく-ゆう】①2007年8月1日 ②作詞家、放送作家、テレビ番組プロデューサー、劇画原作者、小説家 ③70歳 ④70年代の童謡作家。フジテレビの子供向け番組『ママとあそぼうピンポンパン』のために「ピンポンパン体操」(1971年)を作詞したのを皮切りに、テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌をはじめとしてアニメソングも数多く手がけるなど、「新童謡」ともいうべきジャンルを創出。当初は「ちょっとませた小学生から少し幼い大学生まで」をターゲットにして世に送り出したピンク・レディーも、蓋を開けてみれば、土居甫による振り付けもあいまって子供たちから絶大な人気を集めることとなった。ちなみに、音楽学者の小泉文夫は、ピンク・レディーの一連のヒット曲を分析し、日本古来のわらべ歌とよく似た旋律を見出している。/阿久の訃報を伝えるメディアの多くが「昭和を代表する作詞家」というふうに紹介をしていたことにやや違和感を覚えた。阿久の全盛期である70年代にはたしかに元号としての昭和はまだ続いていたが、「昭和の精神」というような意味での昭和はすでに終わっていたと見るべきではないか(その証拠に、「70年代」というくくりかたはよくされるが、「昭和40年代」「昭和50年代」というくくりかたはあまりされない)。しかし、阿久悠ほど昭和という時代にこだわり続けた作詞家もいなかった、というのもまた事実だろう。むしろ昭和が実質上終わってしまったあとに世に出ざるをえなかったからこそ、彼は創作を通じて昭和の残影を追い求め続けた、ということもできるかもしれない。その点で、ほぼ同世代でおなじくテレビ界出身の久世光彦とよく似ている。/なお、久世が沢田研二主演でプロデュースしたドラマ『悪魔のようなあいつ』は、もともと阿久原作・上村一夫画による同名のマンガが原作であり、阿久はドラマ化に際して主題歌「時の過ぎゆくままに」を提供している。ただし、沢田が歌った主題歌は大ヒットしたものの、肝心のドラマは視聴率がとれないまま終わった。その後も、久世がプロデュース・演出したドラマ『ムー一族』の挿入歌「林檎殺人事件」(樹木希林・郷ひろみ歌)を阿久が作詞するなど、両者の関係はなかなかに深い。/自らの方法論に意識的で、タネ明かしも積極的に行なったおそらく初めての作詞家。その手の著書も多いが、特にイラストレーターの和田誠との対談という形で自作を語った『A面B面 作詞・レコード・日本人』は名著である。/1991年6月に阿久作品を回顧する『歌は時代を語りつづけた』という特番がNHKで放映されたが、オンエア時にちょうど雲仙普賢岳の大噴火が発生、急遽番組は休止され後日あらためて放映されたという記憶がある。

 凡例:①命日②肩書③享年④雑感・トリビアetc.

 (リスト::天使の辞典::サブカル死人篇::2007年

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