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黒木靖夫

黒木靖夫

【くろき-やすお】①2007年7月12日 ②工業デザイナー、元ソニー取締役 ③74歳 ④往年のソニーの独自性、創造性を象徴したデザイナー。/ソニーの広告課時代、『文藝春秋』の誌面を買い取り、小型携帯テレビの記事広告に評論家の大宅壮一を登場させた。かつて大宅は、あまりにくだらない番組が多いことから、「一億総白痴化」とテレビ批判を行なっていたが、その大宅をあえて引っ張り出して、パーソナルメディアとしてのテレビをアピールした。/1979年に発売されたウォークマンの開発の中心人物。ウォークマンについては単なる既成技術の寄せ集めという批判もあるが(事実、同時期にソニーでCDの開発にあたっていた大賀典雄は、ウォークマンをそのような理由から歯牙にもかけなかったらしい)、音楽を携帯するというそれまでになかった文化を創出した点で画期的な製品だった。現在のiPodなどの携帯音楽プレイヤーも、ウォークマンなしには生まれえなかったことは間違いない。/1985年のつくば科学博では巨大テレビ「ジャンボトロン」の開発にあたる。科学博の閉幕時に、「ジャンボトロン」を使って、浅田彰坂本龍一による『TV WAR』というパフォーマンスを企画したのもこの人。/1961年に香港のネオンサイン用に手がけた「SONY」のロゴは、マイナーチェンジしつつ、現在も使われている。実は、ロゴを一新するべく、一度欧米のデザイナーを対象にコンペが行なわれているのだが、そのとき選ばれたロゴは結局没になった。しかし、黒木は一貫して、アルファベットのロゴは本来アルファベット圏の人間がつくるべきという思想を持っており、自分のつくったロゴはあくまでも暫定的なものだと考えていた。この考え方からすれば、日本語のロゴや、あるいは日本語ワープロなども本来なら、日本語を日常的に使っている人間がつくるべきだ、ということになる。元はといえば英文用のワープロとして英語圏の人間がつくったMicrosoft Wordが日本人に使いにくいのは、やはり当然なのだ。/その経歴は、猪瀬直樹『日本凡人伝』に収録されたインタビュー、あるいは自著『ウォークマンかく戦えり』にくわしい。

 凡例:①命日②肩書③享年④雑感・トリビアetc.

 (リスト::天使の辞典::サブカル死人篇::2007年

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