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松原メンバーの過去原稿

2007-08-19


落語とお金~江戸のアメリカンドリーム?!    11:45


今回、「落語とお金」というテーマで書こうと取り組んでみた所、お金が絡む噺の多さに驚いた。

そば代の勘定をちょろまかす『時そば』、寝言でも金が欲しいと叫ぶ船頭が出てくる『夢金』、ボロ同然の物が実は高値であるという『井戸の茶碗』、売り上げ金の小判を女房の前で積んでゆく『火焔太鼓』、宴会費用を「あとはどがちゃがで」とごまかす『味噌蔵』…今まで気づかなかったが、落語とはすべからく「金=人生」を扱ったドラマなのである。

ではあらためて、お金の視点から古典落語を紐解いてみよう。

◆イントロダクション◆

江戸時代は260年間も続いたので、通貨の統一が難しい。今回解説中の換金は、多くの落語・江戸研究家がよく使うテの「そば一杯の代金十六文」を参考にした。(大体三百二十円前後として、一文二十円程度)正確ではないが、なんとなくこの位、という目安にして頂きたい。

また、江戸では金、銀、銅(銭)の三貨が流通しており、江戸では主に金の小判(一両)、

二分、一分、二朱、一朱などの単位が使われていた。(一両=四分=十六朱=約6万円)

これは、時代劇『必殺仕事人』にハマった時に知った。中村主水は一両二分などで殺しを請け負っていたが(基本的に仕事人は被害者に同情できればどんなに安くても殺害可である)危険を犯して六万とちょっと、というのは安い!しかし、毎週金曜日(番組放送時間)のアルバイトとしてはいいお金?そして、「銭形平次」の平次親分が投げたのは一文銭ではいかと思うのだが、敵(しかも雑魚)に二十円投げていたと思うとかっこ悪いですね。それにもったいないです。

◆一攫千金の噺◆

●芝浜 拾った財布に400万円入っていたという噺

酒好きの魚屋・勝五郎が浜で大枚(二分金貨で四十二両…約400万円)の入った財布を拾って帰るが、寝て目覚めると女房は「夢だ」という。そうだったか?と思い真面目に働いていたら、あれは事実で財布はお上に届けられていた。大金を手にして堕落しないよう夫を案じた賢い女房の選択だったのだ。金は貰える事になり、勝五郎は女房を許し、祝いの酒を飲めと言われるが「夢になるといけねえ」と拒む。

●文七元結 見知らぬ人に500万円ぽんとあげちゃう噺

博打ばかりでとうとう一銭の金もなくなった左官の長兵衛。娘・お久は両親のため吉原に身売りに行く。親思いのお久に感動した角海老遊郭のおかみは、娘を生娘のままお茶・三味線を仕込んでやるから、この金を元で立ち直れと五十両(約500万)を貸す。ただし、期限切れまでに博打をやめなかったら心を鬼にして娘を花魁にすると言われて帰る道すがら…五十両を無くし大橋で身投げしようとした文七に出逢い、人助けのためそっくり渡してしまう。(どうして渡すかな)文七の五十両は奉公先に届けられており、金は戻り娘は文七と結婚し有名な元結屋になる、という噺。

●火焔太鼓 二万五千円で仕入れた太鼓が、鑑定結果約三千万!

商売の才覚を持たぬ古道具屋甚兵衛。いつも女房に小言ばかり言われている。ある日一分(約二万五千円)で仕入れた太鼓を、埃をはたくため奉公人の定吉が叩いていたら、その音を目利きの大名に聴かれ、三百両(約二千八百八十万)で買いたいと言われる。

町人が正装をして城に行き、すったもんだの果てに三百両手にしたのを、じらしつつ百両ごとに女房に見せると、女房の腰が抜ける。

これらの噺は「貧乏な男がひょんな事から大金を手にするという」プロットを持つ。

まるでアメリカンドリーム…江戸もアメリカも、都会に出た人間が望むものはひょんと手にする大金だということか?!

(他に、無一文の泊まり客がなけなしの金で買った「冨くじ」が当たる「宿屋の冨」、「一分が千両」(二万五千円が九千六百万円)の当たり富くじが火事で燃えてしまうが、親切な人が家から持ち出してくれていた神棚の中に入っていて取り戻す「冨久」がこの傾向にある)

◆金と人間性の噺◆

●夢金  頭の中は一千万でいっぱい

寝言でも「百両(一千万)欲しい~」と叫んでいる船頭、・欲の熊蔵が雪の夜、芝居見物帰りの兄妹を船に乗せる。よく見てみれば、兄は浪人、娘はお嬢様風である。訳をきくと、娘は駆け落ちに失敗した大店の娘で、浪人が騙して船に乗せた。ふところに大金を持っているので、これからどこかで殺して金を山わけしようと持ちかけられる。普段は欲の塊である熊だが、やはり悪事はできぬと、機転をきかせて浪人を引き潮の丘に置き去って娘を助ける。お礼に望み通り金百両を貰うが、これは夢だった、という噺。

●紺屋高尾 恋の一念が実る、江戸の格差婚

真面目な紺屋職人の久蔵がある日見かけた傾城の花魁高尾太夫に本気で惚れてしまう。

二度と会えぬとふさぎ込み、恋わずらいになった久蔵に親方は「高尾とて売り物、十両(約六十万円)あれば会える」と教える。その言葉を信じた久蔵、月三両(約十八万)の給金を三年貯めて九両にし、親方がくれた一両を足し十両にして会いに行く。ひと晩で真摯に思いを告白。高尾はその気持ちに応え、年が明けたら久蔵の妻になる事を約束する。六十万は一夜で使ってしまうが、高尾が嫁に来てくれたのだから…プライスレス。

●黄金餅  飲み込んででも金とあの世へ

病気になった僧侶西念。同じ長屋の金兵衛が「何か食べたいものはないか?」ときくと、

餡子入りの餅を希望した。「人前では食べたくない」という西念を不審に思い障子に穴をあけて覗くと、なんと大量の硬貨を餅にくるんで食べている。そのうちに喉をつまらせたので「吐き出せ」と言うが、吐き出さずに死ぬ西念。金兵衛は腹中の硬貨をなんとか自分のものにしようと、木蓮寺に運び腹の部分を生焼けにするよう指示して、後に包丁で取り出してゆく。その金を元でに目黒に「黄金餅」という餅屋を開き、店は繁盛する。

●千両みかん 番頭はみかんを食べたのか

大店の若旦那が臥せってしまい、医者に見せても病の理由がわからない。

若旦那は季節はずれの「みかん」を食べたいと思いつめるあまり寝込んでしまったのである。わけを聞いた番頭が、炎天下の中狂人扱いされながら探しあるくと、天満の市場にひとつだけ蜜柑問屋がある。季節はずれにみかんを求める客のため、そっくりとってあったみかん船を総ざらいし、たったひとつだけ出てきたみかん。「あげる」という問屋にそうはいかぬと番頭が言うと、「値段をつけるとしたら値千両(約九千六百万)」と言われてしまう。可愛い息子の命には代えられぬと、千両を出す親。番頭は、若旦那が食べ残したみかんの「ふさ」みっつを、「自分が一生手にできない金だ」といって盗んで逃げてしまうのだった。

これらの噺の人物は、金と人とのかかわりを描いているが、『黄金餅』以外は大金を手にできない。『千両みかん』の番頭にいたっては、ただの生ゴミを盗んで逃げてしまう。

通常、説法や童話では「いい行いが報われる」さまを描くのが目的だと思うが、落語はそうではない。、餡子に包んで飲んでまで金をあの世に持って行きたいという心理、死んでも金の餅を吐きださなかった執念、見たからには自分のものにしようと腐心する人間の業が肯定されるのである。


(初出『サブカル評論』第13号 2007年8月)

MulgarathMulgarath2012/04/15 10:48Thanks alot - your answer solved all my porbelms after several days struggling